| ◆2006年度 |
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展覧会 <展示室1〜3>(木田金次郎作品展示) |
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展覧会 <展示室4>(企画展示・貸館) |
春の常設展
「絵から感じる音・匂い・光」
2006年4月5日(水)〜6月28日(水)
木田金次郎(1893-1962)は、生涯のほとんどを故郷・岩内で過ごしました。
木田が生涯岩内で描き続けたのは、有島武郎との出会いと示唆があったからといわれています。
「東京に出たい」という木田の想いに対して、有島は木田に個性的な一面を見て「その地に居られて
その地の自然と人とを存分にお眺めなさるがいいに決まっています」という書簡を木田に送ったことで岩内にとどまる決心をしたといわれています。
木田が生涯にわたって描き続けてきたものは何だったのでしょうか。長い画業の中で、岩内大火などの画風の転換点となる大きな出来事に見舞われながら、一貫して木田が取り組んだのは、「自然の実相を描く」ことへの挑戦でした。波の音、風の匂い、降り注ぐ光。私たちは作品の前に立った時、画面から感じることができるでしょう。このことこそ、目に見えるものだけではなく、その場の自然の事物すべてを描こうとした木田の意欲のあらわれといって過言ではありません。
この展覧会では収蔵作品を通じて、木田が描くことで表現しようとした自然の実相を、私たちが五感を使って感じ取ることを主題といたします。それぞれの作品の前で、木田が絵に織り込んだ自然の姿を存分に感じていただければ幸いです。
特別展示 木田金次郎の交流圏
「島本融の眼」展 - 北海道的なもの -
2006年7月 1日(土)〜2006年 11月5日(日)
木田金次郎(1893-1962)は、北海道を代表する画家のひとりとして、生まれ育った岩内で描き続けた画家です。若き日の木田の姿は、有島武郎(1878-1923)の小説『生れ出づる悩み』で描かれ、広く知られていますが、有島の死後、画業に専念した木田は、岩内の人たち、交流を重ねた様々な人たちに支えられて描き続けました。「木田金次郎の交流圏」をテーマとする今回の展覧会では、木田金次郎の画業を高く評価し、支援を惜しまなかった人物のひとりとして、北海道銀行初代頭取の島本融(しまもと・とおる:1904-1976)とのかかわりを紹介します。
島本は銀行経営者であると同時に、北海道の文化に目を向け、支援を惜しまなかった人物としても知られています。とりわけ木田を全面的に支援し、「北海道を代表する画家のひとり」という、木田の今日的評価の基礎を築いた存在として、島本は非常に重要な役割を果たしました。島本は、「風土に根を下す」木田に「北海道的なもの」を見出し、その独自の画業を非常に高く評価しました。北海道銀行のカレンダーに木田の作品を用い、人々が広く木田の作品に親しむきっかけをつくったのも、島本の木田に対する支援の一端といえましょう。地域文化に対する島本の理念と、同様に島本によって紹介された作家の作品を通して、地域に根差して制作することの意味を探っていきたいと思います。 「島本融の眼」を通じてあらわれる「北海道的なもの」。
ひとりの支援者の目を通じて、新たな木田の魅力が発見される機会となれば幸いです。
秋から冬を迎える常設展
「私が選ぶ木田金次郎」展
2006年11月 8日(水)〜2007年 4月1日(日)
故郷である岩内で生涯描き続けた木田金次郎(1893-1962)、その作品は、多くの人たちに親しまれてきました。12年前に木田金次郎美術館が開館してからは、制作の地である岩内で多くの作品をご覧いただき、北海道を代表する画家・木田金次郎の存在は、ますますかがやきを増しています。
木田金次郎美術館では、今年の春から秋にかけて、来館者の皆さんを対象に
「私の好きな木田金次郎」というアンケートを行いました。アンケートでは、皆さんのお気に入りの「この一点」を選んでいただき、500人余の方から回答をいただきました。
その結果をもとに、収蔵作品の中から、今回の展覧会の出品作品を決めさせていただきました。
当館開館以来はじめての「みんなで創る展覧会」としてお贈りいたします。あわせて、来館者の皆さんが作品に寄せられたコメントも
掲示しています。作品に惹かれた多くの方の言葉から、新たな木田作品の魅力を探る機会となれば幸いです。
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