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ー北海道、岩内の自然とともに生きた画家 木田金次郎の世界ー
美術館の活動
群暉(くき)のご案内
『群暉』2009春 Vol.55 

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目 次
  • 表紙の作品「手稲鉱山秋色」
  • 15周年!今年のラインナップ
  • 初公開!新たに2点作品寄贈
  • 第9回「仲間たち展」に出品して
    二階堂 哲可氏
  • めぐりあい 佐野 力氏
  • NPO会員からのメッセージ
    鳥居 和比徒氏
  • 全道美術館ボランティア交流会
  • 好調発信、どんざ丸ブログ
  • ふるさとこども美術展の舞台裏
  • 新連載!開館15周年・進化する木田美術館[第1回]
  • 編集後記
  • カラーグラフ
  • 美術館日誌 ほか
   

表紙の作品
「手稲鉱山秋色」 1934年 油彩・キャンバス 53.2×65.4cm
 今回初めて確認された、札幌の手稲山を描いた作品。
  手稲鉱山は、1970年代までに金を中心に採掘を行っていた鉱山で、現在も札幌市手稲区に
「手稲金山」などの地名が残る。
  この作品が描かれた1934(昭和9)年の夏、木田は当時の北海道長官・佐上真一からの依頼を受け、
旭川に赴き大雪山の連作を描いている。手稲山を訪れたのは、連作を書き上げた後と思われるが、
画面全体に用いられている茶系統の色調が、大雪山の連作と共通している。遠景に手稲山を望み、
近景の左右に木立を配置するなど、山を相手に大胆な構図を試みた木田の意欲を感じることができる。
  かつて有島武郎が、初めて木田の訪問を受けた時(1910(明治43)年)に、強く印象に残った木田の
油彩画の記述が、小説「生れ出づる悩み」の中にある。それは8号のカンヴァスに描かれた「軽川あたりの
泥炭地を移したと覚しい晩秋の風景画で、軽川は現在の手稲にあたる。
  小説に登場する時代の作品を、現在見ることは叶わないが、同じ札幌・手稲の作品を眼にすることが
できるのは、現代の幸福である。
 (学芸員 岡部 卓)

木田金次郎美術館ニュース『群暉(くき)』
 『群暉』は、年4回発行している、美術館の情報誌です。誌名の『群暉(くき)』は、岩内の発展を作り上げたニシンの群来(くき)と、「落暉(らっき)」など、木田の描く太陽の輝きにちなんで名付けられました。
 当館スタッフや、ボランティアのメンバーが、新たな作品を紹介したり、最新の展覧会情報や美術館をとりまくニュースを発信しています。また、木田とかかわりのあった方への取材や寄稿を通して、画家・木田金次郎の様々な面を感じていただける内容です。
 NPO会員・友の会会員の皆さんには、お手元にお送りしています。
バックナンバー
『群暉(くき)』の表紙バックナンバーをご紹介しています。
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2008春 Vol.51 2008夏 Vol.52 2008秋 Vol.53 2009冬 Vol.54
       
2007春 Vol.47 2007夏 Vol.48 2007秋 Vol.49 2008 Vol.50
       

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